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長崎地方裁判所 昭和62年(行ウ)2号 判決

原告

市山ヨシ子

右訴訟代理人弁護士

古賀義人

被告

厳原労働基準監督署長溝口隆士

右指定代理人

崎山正春

宮崎和夫

青田保秀

山下雅毅

岩本栄一郎

辛島英雄

金子勝則

仲野典義

小島従美

渡邊吉治

村井砂男

主文

一  被告が原告に対して昭和五八年八月六日付でなした労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料の支給をしない旨の処分を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  訴外亡市山吉盛(以下「亡吉盛」という。)は、砕石の製造及び販売等を業とする訴外株式会社市山砕石(以下「市山砕石」という。)に取締役兼現場作業員として働き、主として貨物自動車の配車・砕石場の機械設備(クラッシヤー・粒調機・ベルトコンベア・選別機・水中ポンプ等)の保守管理及びその点検・修理並びに粒調機の操作、タイヤシャベルの運転、製品ビンの製品出し等の業務を担当していた。

2  亡吉盛は、昭和五八年三月二七日午後二時三〇分ころ、市山砕石の作業現場に沿って東西に流れる小川(幅約一メートル、深さ約三〇センチメートルであって、以下「本件小川」という。)に仮設した水中ポンプ(約三分の一が水中に漬かっていた。以下「本件水中ポンプ」という。)の側で下半身が水中に漬かり、背中を右小川の土手と水中ポンプに寄り掛かるような状態で倒れ、そのまま急性心臓死した。

3  原告は、亡吉盛の妻であり、亡吉盛の死亡当時その収入によって生計を維持し、また遺族として亡吉盛の葬祭を行ったものであるが、昭和五八年五月二五日、被告に対し、亡吉盛が業務上死亡したものであるとして、労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料の給付請求をしたところ、被告は、同年八月六日付で原告に対し、亡吉盛の死亡が業務上の災害ではなく、業務逸脱及び業務離脱の行為中に発生したものであって、業務上の事由による死亡とは認められないとして、右各給付を支給しない旨の決定(以下「本件処分」という。)をなし、その旨原告に通知した。

4  そこで、原告は、本件処分を不服として、長崎労働者災害補償保険審査官に対し審査請求を行ったが、昭和六〇年三月一一日付で請求を棄却する旨の決定を受けたので、さらに同年五月二〇日労働保険審査会に対し再審査請求をなしたが、昭和六二年三月一二日付でその請求を棄却する旨の裁決がなされ、同年四月一七日その旨の通知を受けた。

5  しかしながら、亡吉盛の死亡は、以下のとおり業務上の事由によるものである。

すなわち、本件災害は、勤務時間中市山砕石の作業現場内において、亡吉盛がタイヤショベルを運転したり、他の作業員に仕事の指示をしたりした直後の約一〇分から一五分の間に発生したものであって、本件災害が発生した昭和五八年三月は市山砕石にとって一年中で最も忙しい時期であり、作業現場の責任者的立場にあって責任感の強かった亡吉盛が業務を逸脱したり離脱したりすることは到底あり得ないことである。ところで、本件小川にはハヤやフナ等の小魚が生息していたが、これらはおよそ食に供せるものではないので、亡吉盛がその魚を捕獲していたとは考えられない。むしろ亡吉盛は、死亡当時満三八歳の健康な者であって、本件小川に仮設されていた水中ポンプの点検修理を担当していたが、水面に浮いていた小魚を見て水中ポンプの電気系統の異常に気付き、その点検修理のため慌ててその電源スイッチを切ることなく、本件小川の土手を降りて右水中ポンプに近づき、水に漬かってこれを点検すると同時に付近の水面に浮いていた小魚が水中ポンプに巻き付いたりしてその作動に障害が発生しないようにするため網で小魚を取り除く作業をしていたところ、右水中ポンプから漏電していた水中の電気に感電してそのショックによって急性心臓死するに至ったものである。

従って、亡吉盛の死亡は、業務遂行中業務に起因して発生したものということができる。

6  よって、被告の本件処分は違法であるから、原告は、請求の趣旨記載の判決を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2のうち、亡吉盛が昭和五八年三月二七日、市山砕石の作業現場に沿って東西に流れる本件小川に設置されていた本件水中ポンプの側で下半身が水中に漬かり、その背中を本件小川の土手に寄り掛かるような状態で倒れていたこと及び亡吉盛が同日急性心臓死したことは認めるが、その余の事実は否認する。

3  同3及び4の各事実は認める。

4  同5の事実は否認し、亡吉盛の死亡が業務上の事由によるものである旨の主張は争う。

三  被告の主張

1  本件災害直後の状況

亡吉盛は、昭和五八年三月二七日午後三時ころ、長崎県壱岐郡芦辺町国分本村触字西山四一五番地に所在する市山砕石の作業現場事務所から北西の方向約五〇メートルの位置にある粒調機の下の本件小川に設置された水中ポンプの側において、紺色の煙管服を着て革製の安全靴を履いたまま足を投げ出して下半身を水中に浸し、両手を握って胸に当て、土手に寄り掛かった状態で倒れていたところを、訴外松本眞一(以下「訴外松本」という。)によって発見され、直ちに壱岐広域圏町村組合消防署の救急車で壱岐公立病院に搬送された。そして、同病院において、救急処置が行われたが、亡吉盛は蘇生せず、同日午後三時五〇分、急性心臓死したことが確認された。

2  本件処分の正当性

労働者の死亡が労働災害補償の対象となるには、当該死亡が発生した際、労働者が労働契約に基づき事業主の支配下にあったこと(業務遂行性)及び業務と死亡発生との間に相当因果関係が存在すること(業務起因性)が必要であり、業務遂行性が認められても、私的行為中に死亡が発生した場合には、当該死亡は私的行為に起因したものというべきであるから、特に業務に伴う危険との関係が認められない限り、業務起因性を否定するのが相当である。

そして、本件における亡吉盛の死亡は、以下のとおり業務起因性を有しないというべきである。すなわち、

(一) 亡吉盛は、被災当日午前六時五一分に出勤し、午前中は粒調機の操作やダンプカーの配車指示といった通常の業務に従事し、午後は二時過ぎごろまで粒調機の側で何らかの作業に従事した後、訴外西好数(以下「訴外西」という。)とタイヤショベルの運転を交替するまで(午後二時三〇分ないし午後三時前まで)右タイヤショベルを運転操作してダンプカーにバラスを積み込む作業に従事していた。その後の行動は明らかでないが、訴外西とタイヤショベルの運転を交替してから約一〇分後ころ、亡吉盛が本件小川の向こう岸に立って川を見ていたこと、倒れていた亡吉盛のすぐ側にあったたも網の中にフナかハヤが一匹入っていたこと、亡吉盛が生前勤務時間中でも本件小川で度々魚釣りをしていたことなどの諸事情を考慮すると、亡吉盛は、訴外西とタイヤショベルの運転を交替した後、本件小川の岸に立って川面を見ているうちにフナかハヤを見つけ、持ち出したたも網でその魚を獲ったところ、突然心臓発作を起こし、小川に滑り落ちた蓋然性が極めて高いということができる。

従って、亡吉盛が訴外西と業務を交替した後は、私的行為に移行したとみるべきであり、かかる私的行為中における亡吉盛の死亡ついては業務起因性は否定されるべきである。

(二) もっとも、特に業務に伴う危険との関係が認められる場合には業務起因性が認められるところ、亡吉盛の死因と認められる急性心臓死に業務起因性を認めるためには、通常の労働量を著しく超過した過度の肉体的努力を行ったとか、または業務に直接結びつく突発的な出来事により激しい精神的感動に襲われたなど、心臓機能の停止を引き超こすであろうと医学的に明らかに認められる事情が存することが必要である。

然るに、亡吉盛の平常の業務内容や身辺の状況から見て、被災当日の業務が平常の業務に比して特に質的量的に若しく過重な作業量であったとはいえず、いわば慣行作業であったに過ぎないし、また被災時の砕石作業現場内は常態であり、激しい精神的感動に襲われる突発的な出来事もなかったうえ、亡吉盛の業務が原因となって心臓機能の停止を引き起こしたとする医学的所見も見当らないのであるから、結局亡吉盛の急性心臓死が業務に起因したものということはできない。

以上のとおり、亡吉盛の急性心臓死については、業務に起因することが明らかであるとは認められないのであるから、本件処分は正当であり何らの違法もない。

第三証拠(略)

理由

一  亡吉盛が砕石の製造及び販売等を業とする市山砕石に取締役兼現場作業員として働き、主として貨物自動車の配車・砕石場の機械設備(クラッシャー・粒調機・ベルトコンベア・選別機・水中ポンプ等)の保守管理及びその点検・修理並びに粒調機の操作、タイヤショベルの運転、製品ビンの製品出し等の業務を担当していたこと、亡吉盛が昭和五八年三月二七日、市山砕石の作業現場に沿って東西に流れる本件小川の土手に寄り掛かるような状態で倒れていたこと、亡吉盛が同日急性心臓死したこと並びに請求原因3(原告が亡吉盛の妻として遺族補償給付・葬祭料の請求を行ったことと被告の本件処分)及び同4(審査請求・再審査請求)の各事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、原告は、亡吉盛の急性心臓死が業務上の事由によるものである旨主張し、被告はこれを争うので、亡吉盛の死亡が労災保険法一二条の八第二項、労働基準法七九条、八〇条に規定する「労働者が業務上死亡した場合」に該当するか否かについて判断することとなるが、「業務上死亡した場合」というためには、労働者の死亡がその業務遂行中に発生し(業務遂行性)、かつ、その死亡と業務との間に相当因果関係が存在すること(業務起因性)が必要であるので以下検討する。

三  亡吉盛が死亡するに至った経緯

前記一の当事者間に争いのない事実のほか、(証拠略)によると、次の事実が認められ、これを覆すに足る証拠はない。

1  本件災害発生前の亡吉盛の担当職務及び労働条件について

亡吉盛の勤務していた市山砕石は、昭和五六年一一月一六日、砕石の製造及び販売、砂及び土石の販売等を目的として設立された株式会社であるが、これは訴外市山厚が個人で砕石業をしていたものを法人化したもので、右会社設立後同人の妻市山未乃及び右市山厚の実弟である亡吉盛が取締役で加わったものの、代表取締役であった右市山厚が個人企業の時と同様市山砕石の経営に関する一切の指揮監督の権限を有していた。そして、亡吉盛は、専務(但し、定款上の役付取締役ではない。)と呼ばれて一般労働者の現場監督者的立場にあったが会社経営についての権限(代表権及び業務執行権)はなく、右市山厚の個人企業の時と同様同人の指揮監督の下に現場作業員として主に貨物自動車の配車や運転管理、砕石場の機械設備の保守管理(本件水中ポンプの点検修理も含む。)、粒調機の操作、タイヤショベルの運転、製品ビンの製品出し等の業務に従事し、就業条件も他の一般労働者と同一の条件が適用されていた。

2  本件災害発生前の亡吉盛の健康状態について

亡吉盛は、昭和四四年三月原告と婚姻した後、昭和五七年五月二五日ころ頭痛と発熱を訴えて壱岐公立病院で受診し(診断名は不明熱及び陰部水泡)、同月二七日から同病院に入院して検査を受けたが異常なしということで軽快し、同年六月一日退院したこと以外に既往症はなく、その他高血圧や心臓の疾患等を含め持病もなく健康であり、精神的ストレスとなる家庭や会社内での紛争や心配事もなかった。

3  本件災害の発生に至った経緯

昭和五八年三月二七日は日曜日であったが、市山砕石では毎月第一日曜日を除いて通常日曜日も営業していたうえ、当時は年度末で年中で最も忙しい時期であったこともあって、長崎県壱岐郡芦辺町国分本村触字西山四一五番地に所在する作業現場において、永田ダム建設のコンクリート工事に供給する砕石の粒調や砕石のダンプカーへの積込作業等が行われていた。

そして、亡吉盛は、同日午前六時五一分右作業現場に出勤し、午前中はダンプカーの配車指示や粒調機の操作等の業務に従事し、正午からの昼食時間には訴外松本や訴外西ら従業員と一緒に昼食を取り、その間特に身体の調子が悪いといった状況にはなく、また午後は、粒調機付近で何らかの作業に従事した後タイヤショベルを運転操作してダンプカーに砕石を積み込む作業を行っていたところ、同日午後二時三〇分過ぎころ、訴外西とその運転を交替し、その後一〇分位すると、その作業現場の事務所から北西方向約五〇メートルの位置にある粒調機の下の本件小川の対岸に立って川面を見ていた。

その後同日午後三時ころ、訴外松本が粒調機の側に駐車してあったダンプカーに乗ろうとしてステップに上がった時、粒調機の下の本件小川の中に青い物が目に入り、ステップから降りてその方に近づき、土手から本件小川を見ると、川面には体長約五、六センチメートルのフナが横向きになって痙攣をしたようにピチピチとしており、また亡吉盛は、粒調機に送水するため本件小川に仮設されていた本件水中ポンプから川上方向に約一メートルのところでその背中が右粒調機側の土手に寄り掛かり、腹部より下半身が本件小川の水の中に漬かって足を前に出し、両手を握って胸に当てた状態で倒れていて、意識はなかった、なおその時の亡吉盛の服装は、青色の煙管服を着て革製の安全靴を履き、頭にはヘルメットを被り、口には防塵マスクをあて、手は素手であった。

そこで、訴外松本は、近くでタイヤショベルを運転していた訴外西を大声で呼ぶとともに、すぐに粒調機を支えている柱に取り付けてあった本件水中ポンプの電源を切りに行き、さらに製品ビンのところでダンプカーを運転していた訴外坂本保も呼んで本件小川の土手に戻って来た。また訴外西は、訴外松本に呼ばれて本件小川の土手から倒れている亡吉盛を見たうえ、そこに来ていた訴外山下誠一郎とともに作業現場事務所に行ってそこにいた事務員に救急車の手配を依頼して右山下とともに本件小川の土手に戻って来た。そして、右山下と坂本は亡吉盛のところに降りて行き、二人で本件小川の対岸の洲のようなところに亡吉盛を運んで仰向けに寝かせ、右山下が救急隊員が来るまで人工呼吸を施していた。その時の亡吉盛の状態は、顔色が青白く、目は閉じており、耳や鼻からの出血はなく、外傷による出血もなかったが口からは泡が出ていた。

4  本件災害発生後の状況

同日午後三時八分ころ、壱岐広域圏町村組合消防署に対し市山砕石の作業現場への救急車の出勤要請があり、救急車は同日午後三時一二分ころ右作業現場に到着したが、その時の亡吉盛の容体は、呼吸や脈はなく、心臓は停止して瞳孔は散大しており、すぐに救急隊員によって心肺蘇生術が施されながら壱岐公立病院に搬送されたが同日午後三時五〇分死亡が確認され、同病院の医師によって直接死因は急性心臓死の疑いと診断されたが、剖検は実施されなかった。なお死亡当時亡吉盛は満三八歳であった。

その後壱岐警察署の係官による検死が行われたが、その際亡吉盛の身体については、右下腿部に本件災害以前に生じていた表皮はく脱以外には外傷はなく、感電通の傷痕もなかった。

四  次に、原告は、亡吉盛が水中ポンプから漏電していた水中の電気に感電してそのショックで急性心臓死したと主張するので、まず水中ポンプから電気が漏電していたか否かについて検討する。

1  (証拠略)証人山下晋作の証言によると、次の事実が認められる。

(一)  本件災害当時、本件小川に仮設されていた本件水中ポンプは、昭和五四年ころ、有限会社福親電機工業所が中古整備品として納品したものであったが、その後の設置及び管理は市山砕石の方で行い、亡吉盛には電気工事士の資格はなかったものの、過去二回位動力ケーブルの結線不良の修理をするなどそのポンプの点検・補修等を行っていた。

(二)  本件水中ポンプは、新ライカ製二・二キロワット、使用電圧交流二〇〇ボルト、負荷電流九アンペア程度であり、動力ケーブルは三相であった。また動力ケーブル部分を上にした時の本件水中ポンプ本体の高さは七三センチメートルであるが、水中ポンプは通常冷却効果等の点から、浅瀬で使用する場合にはそれを水中に倒すなどして水没させて使用するものである。

(三)  本件災害発生後の昭和五八年四月五日、社団法人九州電気管理技術者協会の電気管理技術者であった訴外牧野義春が市山砕石の砕石作業現場に赴いているが、その際には本件水中ポンプは本件小川から引き上げられていて電源スイッチは解放されていた。また右牧野は、同月九日にも市山砕石に行って本件水中ポンプを点検しているところ、絶縁抵抗を測るための計測機である五〇〇ボルト用メガーによる良否テストでは、当初〇・〇二メグオームであったが、暫く充電されると五〇メグオームに上昇した。またその点検の結果アース線が途中で切ってあったため漏電警報器が鳴らなかったことが判明した。

(四)  また同月一一、一二日には有限会社福親電機工業所の代表者であった訴外山下貞雄ほか一名が市山砕石の災害現場に出張して水中ポンプの配線設備等について点検をしているが、その際には本件水中ポンプは本件小川の中にあり、また水中ポンプとスイッチとの間には三相の動力ケーブルが三か所で結線され(市山砕石に納入した際にはそのケーブルはポンプ本体から約一〇メートル以上あった。)。その内一か所はポンプ本体から五〇センチメートルのところで結線されてその部分が水中にあったところ、同結線部分の絶縁のテーピングは不完全であった(なおポンプ本体とその結線部分間の絶縁抵抗は〇・〇五メグオームであった。)。さらに本件災害発生当時本件水中ポンプには漏電をしたときに自動的に回路を切るための漏電ブレーカーの取付はなく、また漏電警報器は取り付けてあったもののアース線が切ってあったのでそれが鳴らなかったことが判明した。

その後本件水中ポンプは、同年七月ごろ、有限会社福親電機工業所において、動力ケーブルを一五メートルのものに取り替えたうえ、水中ポンプ自体も水が入らないような部分の部品も取り替えるなどの修理がなされた。

2  なお(証拠略)によると、電気管理技術者であった前記訴外牧野義春は、同人が行った本件水中ポンプの絶縁抵抗の良否テストの結果につき、本件水中ポンプ自体は悪くない旨述べている。

これに対し、証人山下晋作は、二〇〇ボルトの電気であれば、九州電力の規定でも二メグオーム以上ないと使ってはいけないことになっており、〇・〇二メグオームであれば危険な状態にあり、たとえその後充電によって測定値が上昇しても、最初の測定値に問題があり、本件水中ポンプのどこかに異常があったものと考えられると証言している。

もっとも、(証拠略)の業務管理日誌では、昭和五八年三月二〇日から同月二七日まで保安検査の状況につき、機械器具に異常なしと記載されていることが認められるところ、その日誌の記載の内容に照らし、本件水中ポンプも対象になっているのかどうか明らかでないうえ、その記載のみから本件水中ポンプに異常はなかったということはできない。

3  以上の事情のほか、前記三3のとおり本件水中ポンプの付近の川面で体長五、六センチメートルのフナが横向きになって痙攣をしたようにピチピチしていたこと、亡吉盛が土手に寄り掛かって倒れているのを発見した訴外松本は、その状況から反射的に水中ポンプの電源を切りに走ったことなどの事情を併せ考慮すると、本件水中ポンプないしその動力ケーブルの結線不良部分から電気が水中に漏電していたと推認することができる。

五  そこで、さらに亡吉盛が本件水中ポンプから漏電していた電気に感電してそのショックで急性心臓死したか否かについて検討する。

1  証人山下晋作は、本件水中ポンプの負荷電流は九アンペア程度であるが、これが水中に流れた場合、魚は感電して仮死状態となり死ぬことがあり、人間も同様であること、また電圧が二〇〇ボルト程度では、感電死したとしても、状況によっては身体に電気が流れた際にできる電撃傷が残らないことがあるとも述べている。

2  鑑定人中園一郎は、二二〇ボルトの電気(通過電流二二〇ミリアンペア)は感電死を起こすに十分な電気量であること、人体の中で皮膚が一番電気抵抗が大きいが、濡れている状態だと電流が非常に流れやすくなること、感電死する原因としては、電流が心臓を通って心室細動を起こす場合が一番に考えられ、次に大脳にある脳幹を電流が通過することによって生命維持ができない場合が考えられるところ、下肢から下肢へ電流が通った場合(亡吉盛は腹部から下が水に漬っていたので下肢から下肢へ電流が流れやすい。)即死ではないが死亡した症例報告はあること、電流斑(電流が人体に入ったところと出たところにできるジェール熱による火傷のような痕跡)は、水中のように接触面積が広いときには認められない例が多いという報告があること、急死する原因としては、頭部の病変と心臓の病変が考えられるが、亡吉盛の死亡時の外表所見からはその死因は推定できないが、感電死の場合に両手を握って胸に当てた状態で亡くなることと矛盾しないことを述べている。

3  以上の事情のほか、前記三で認定した亡吉盛の生前の健康状態や同人が本件小川に倒れていた時の身体の状況、心臓に近い腹部から下が水に漬っていたこと等の事情を総合すると、亡吉盛は本件水中ポンプから漏電していた電気に感電してそのショックで急性心臓死したものと推認することができる。

六  ところで、被告は、亡吉盛が訴外西とタイヤショベルの運転を交替した後、本件小川の川面を見ているうちフナかハヤを見つけ、たも網でその魚を獲っていたのであるから、右運転交替後の行動は私的行為というべきであると主張するので、この点について検討する。

1  (証拠略)によると、本件災害後救急隊員が本件災害現場に到着した際には、仰向けに寝かされた亡吉盛の側に体長五、六センチメートル程度のフナのような魚が一匹入ったたも網があったことが認められる。

2  市山砕石の従業員であった訴外松本眞一は、前掲乙第一三号証の聴取書では、本件災害以前、勤務時間中の暇な時に私や一部の従業員が本件小川で魚釣りをして遊んだことがあり、亡吉盛も魚釣りをしたことがある旨述べているが、前掲乙第二九号証の聴取書では、梅雨の雨天時の仕事が暇な時に本件小川でうなぎ釣りをしたことがあるが、その他の時期に魚釣りをすることはなかったと述べ、証人としても、右同様梅雨時期にうなぎ獲りをしたことがあり、乙第一三号証の聴取書での供述はその趣旨である旨証言している。

また市山砕石の従業員であった訴外西好数も、前掲乙第三〇号証の聴取書で、主に梅雨の雨天時で仕事ができない時に本件小川で亡吉盛の許可を得て魚釣りをしたことがある旨述べたうえ、証人としても同様の証言をし、さらに市山砕石の代表者である市山厚は、前掲乙第一四号証の聴取書で、過去三、四年前ころの梅雨明けに、従業員が本件小川でうなぎを獲ったことはあるが、ハヤやフナを獲ったということは知らないと述べている。

これらの供述によると、市山砕石の従業員が梅雨時の雨天で仕事ができない時に本件小川でうなぎ獲りをしていたことが認められるものの、それ以外に遊びとして魚獲りをしたことはなかったというべきである。

3  以上の事情のほか、前記三で認定した被災当時の市山砕石での仕事の繁忙状況や亡吉盛の担当職務の内容、同人が倒れていた時の本件小川の状況(水中ポンプないしその動力ケーブルから漏電して魚が水面で痙攣したようにピチピチしていたこと)や亡吉盛の服装などの亡吉盛が死亡するに至った事情を考慮すると、市山砕石の現場責任者であった亡吉盛が業務を逸脱して勤務時間中に一人で食に供せないようなフナをたも網で獲って遊んでいたとは通常考えられないというべきであり、かりに、たも網を使っていて感電したと仮定しても、革製の安全靴を履き、防塵マスクはしたままであったことなどからして、むしろ、本件水中ポンプから電気が漏電していて感電した魚が痙攣したようにピチピチ浮いていたため、職務上本件水中ポンプの管理をしていた亡吉盛が水中ポンプの吸込口に水圧で魚が付かないようにたも網で浮いていた魚を除いていたものと推認するのが自然であって、これを目して業務逸脱の私的行為とは言い難い。

従って、被告の右主張は採用しない。

七  そうすると、これまでに述べた諸事情を総合すると、亡吉盛は、本件水中ポンプの電源を切ることなく、水中ポンプ近くでピチピチしている魚を不審に思い川岸に近寄り、或は右のとおりたも網で魚を除いていたかしていて、誤って本件小川の中にすべり落ちて腹部より下半身が水の中に漬かり、水中ポンプから漏電していた電気に感電し、心臓にその衝撃が加わって急性心臓死したものというべきである。

従って、亡吉盛は、業務の遂行中に業務と相当因果関係のある災害によって急性心臓死したということができ、その死亡は労働基準法七九条、八〇条の「業務上死亡した場合」に該当するというべきであるから、これが業務上の事由によるものとは認められないとしてなした被告の本件処分は違法である。

八  よって、原告の本件請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松島茂敏 裁判官 大段享 裁判官 田口直樹)

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